独り言

その他もろもろ

推し遍歴整理表

 

 


嵐(2007〜2016秋)小学生から中学生まで

物心ついた小1ぐらいの時にラブソウスィートは知ってた 2009年に10周年アルバムを頼んでもいないのにクリスマスプレゼントで貰って死ぬほど聴いていたしこんないい曲しかないことあるんだ…と思っていた 2009〜2013は間違いなく嵐の黄金期で毎週欠かさず3つの嵐の冠番組をリアルタイムで見てかつ録画して新曲を出すたびにMステに齧り付いていた記憶 そして毎日狂ったようにノアちゃんの家で美世界と僕君とPopcornのDVDを見ていた

2014年DIGITALIAN前にファンクラブ入って初めてコンサートへ アイドルオタクとしての人格が完全に形成された

野球(2016〜2017)中3終わりから高1

中3の受験後卒業前にWBCがありそこでどハマりした 巨人ファンなのを認めきれず謎に岡田(中日)や山田哲人を好きと言い張りヤクルト推しになろうとしていたが小林誠司坂本勇人の顔に抗えず(あと石川慎吾)元々ふんわりと知識を持っていた巨人ファンに 毎日毎日速報とテレビとTwitterにしがみつき嵐のワクワク学校中にまで速報を確認するほど終わっていた ちなみにこの年14連敗した 何?

2017年8月

Twitter垢を形成(官吏のやつ)

嵐 しっかり追ってはいなかったがコンサートには行きオタクはしていた

ここら辺で同時にKinkiに沼っていた

2017 12月

初めてアイビスペイントでデジタル絵を描く

東海オンエア(2017冬〜2018春5月とか)高1冬から高2

その前にさきちゃんが東海オンエアにどハマりしてなんとなく予備知識だけあり、ふ〜んどんなんが好きやねん…と動画を見ているうちにいつの間にかハマっていた 冬休みは全て費やしていたと思われ

そしてTwitter垢を作りイラストを投稿し始める 初めてのTwitterファンダム活動

め、めちゃくちゃいいねきちゃったらどうしよう汗汗💦していたが全くこず驚愕 井の中の蛙だったことを知る

そこから始めてタグで繋がるだのなんだのをやったり相互の友達を作ったり裏垢を作ったりバズったりした しかしなんだかTwitterでの自己承認を求めながら絵を描いたりすることが面倒になってくる

嵐(2018春〜夏)

そのタイミングで当時の相互がジャニーズに再熱し便乗して嵐垢を作成

でも言うて東海オンエアも見てたしここら辺はゴチャい

One Direction (2018年夏〜秋)

何故かワンダイレクションに突如ハマる

きっかけ全然覚えてない なんだっけ?(記憶喪失)多分なんだがノアちゃんにMagicを勧められて聴きまくってたら他の曲もどんどん聴いて好きになって本人達の映像も見るようになって…の流れだと思われる 1人脱退現在活動休止で生の供給がない中ひたすらに過去動画を漁った しかも何故か腐の方じゃなくて夢の方に入ってたし でも俺の夏はお前達なんですよね 電波のない山奥最悪環境合宿でスマホにダウンロードしておいたBack for you聴いたんだよ…俺…救われたんだよ…本当に…帰りも聞いたし…忘れない…

後ここらから推しの模写に目覚めた

嵐 (2018秋〜2019春)

嵐一時休止発表?ぐらい

ここら辺謎にオシャレに目覚めてダイエットを頑張っていた

メイン嵐で野球再熱しつつ東海もちょいちょい見るみたいな時期 ゴチャい

途中で一回伊東健太郎今日から俺は!にハマった

BTS 2019春(3月)

2017年秋ぐらいに力のある女トボンスンにハマってパクヒョンシクから韓流アイドルをちゃんと見るようになったことは覚えているもののなんで防弾にちゃんとハマったのかは全く思い出せない…と思ってましたが書いていたら思い出しました(そうですか)パクヒョンシク→花郎で主題歌聴く→パフォーマンス見る→DNAのパフォーマンスみる

ここまできてもいやでも!!KPOPなんて今更ハマれない!!俺はジャニオタ!!と思っていたがConverse Highヒョンラバージョンのジンくんを見て陥落 負けを認め素直にハマる Boy with Luvのカムバにぶち当たりカムバという文化を始めて経験 楽しむ

SEVENTEEN 2019夏

BTSにハマった流れでK-POPアイドルを好きになることに抵抗がなくなりYouTubeで回ってくる紹介動画などを見てセブチにハマる Think'n about youは衝撃でした ここではHITのカムバにぶち当たりカムバを楽しんだ

EXO 2019秋ぐらい?

ここら辺も流れで好きになり曲を聴くように この頃は謎にBTSに対する反骨精神が芽生えていた 多分エクソルに影響されていた(単純)cosmic melodyは最高 

BTS 2019冬〜2020秋

MAMAのジンくんを見て再熱 国立の第二次が終わると同時にアカウント作成→せっかくずっと見てた垢の人からフォロバもらったのにまたいいねを気にしてしまい消す→アカウント作成(A)Twitterで呟きつつ絵をあげるというファンダム垢を再度開始

さるさんやなっちゃんから絵を褒められたり改めて昔の絵と比較して自分が絵が上手くなっている いい感じだと自覚

そして春にコロナウイルスの流行により大学入学するも入学式取り消しMoodleGoogle classroomとTeamsを同時に始められた上に初めてやるレポートや謎に行われる15分間の英語チャット、見えない同級生や唆されて入れたパンパンの時間割りにこれでもかと苦しめられる。塾講師のアルバイトをしながらなんとか日々をこなしつつデジタルできちんと絵をあげるアカウントを運営するように。大学に行けず半引きこもり状態でイラストにかなり比重をかけていた

Super M 2020夏〜秋

ルーカスの顔面に驚愕 動画検索からマークとルーカスのコンビにハマる 一時期俺はMステのOneを頭おかしくなるぐらい見てました

NCT127 2020秋〜2021夏

そしてその流れでマークのグループを検索→英雄を見る なんかよくわからんな…と思いつつパフォーマンスを見る…で確かではあるがアルゴリズムでジェヒョンさんの動画がおすすめされてか,顔が…好きかも…になってLike me betterを見るの流れだったと思われる。確か。でちゃんと好きと自覚してしまいそこからチョンジェヒョンとマクジェ沼へ転がり落ちていった。ら、ここでNCT2020のカムバックにぶち当たりMake A Wish→90's Loveの流れやコンテンツからよく分からなかったNCTのシステムもメンバーも全て把握・理解・承知ポチッとなる。

ここら辺でAと垢分けを決意してNCT垢と裏垢作った。そしてここら辺からシズニに毒されていった。ワラ(ワラちゃうわ)なんか、謎にオシャレに見せた写真や生活をしようとしていた。死ぬ

2021 春

そしてなんとなくこの垢やだな〜と思い垢消し、がじゅまるおを作る。さるさんに言われ積極的にリプしたりして、つくしに会う。

JO1 2021 夏

ツマミになる話に奨くんが出ててそれキッカケでJO1沼へ

内田篤人さん 2021 夏〜2021秋

何故か突如内田篤人さんにハマる 内田篤人さんが現役当時薄ぼんやりと好きでしゃべくりや嵐の番組に出るのは楽しみにしていた、ぐらいだった小学生か中学生の頃。20歳になった私の元に、番組に麻也と出るとかで画像が回ってきたので「そういやあの頃好きだったけどちゃんと調べたことなかったな〜」のノリ(確か)でYouTube検索するもあまり出て来ずこれはニコ動のやつだ!と気づいてしまったのが運のツキ。しっかりかわいい内田篤人さんまとめや「まやあつ」まとめを見て沼へぼちゃん。え…もしかして…顔が大好き…と言うことに確信を得て狂ったように毎日検索、DAZN加入、イラスト創作。ザックJAPANの当時の試合動画を血眼になって探し、母親の突如引っ越しand Wi-Fi無し環境に驚愕寮への引っ越し資金貯めで一日中バイトしていた中、合間で見ていた。

ヤットさんが体育会TV出た時は泣いた。正直。ありがとうございました。

2021秋〜2022 1月

特に好きなものないな〜などと思いながらNCTやトレジャーやら野球やら韓国ドラマやら色々なものに浅く手を出していた

THE BOYZ 2022年 1月

これまた突然のドボイズ沼へ。多分純粋にヨンフンさんの顔大好きだな⁉️で好きになった。二次創作界隈の腐りの充実っぷりに驚愕。

ウーデゴールくん 2022年 春

 


ワールドトリガー 2022年秋

にじさんじ 2023年1月

ボイプラ 2月

スラムダンク 3月

らいさま 6月前半

ボネクド 6月後半

にじさんじ 7月

NCT 9月

マイ・ブロークン・ヤマイヌ

山犬やないか!!

お前…山犬やないか!!

 

そうだ。私は山犬だった。

私は人間が嫌いだった。両親が離婚してから、ずっと。森で孤独に生き、理不尽に私を不幸に合わせる人間を強く恨んでいた。

もののけ姫のサンのように。

私は山犬だった。

 

 

今日本屋でふと。何年か前に読んだマイ・ブロークン・マリコを見つけた。

この漫画を初めて読んだ時、訳も分からず一つ場面がひどく心に残ったことだけは覚えていた。

それは主人公が自殺した自分の親友(マリコ)のお骨をマリコの父親から略奪するシーンだ。主人公は父親に向かって今までの散々な不幸を述べて泣きながら刃物を向ける。「お前なんかに弔われたって白々しくって反吐が出る」と叫ぶ。そしてマリコの親は自分の娘を重ね、怯んだ隙に主人公はマリコのお骨を持ち去っていく。

https://comic.pixiv.net/works/5877

 

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マリコが生前したくてもついぞできなかったであろうことを、親友である主人公が代弁したとも言えるシーンだ。

 

思わず本屋で泣きそうになった。

 

私はずっと。こうしたかったのだ。

自分の親に向かって。刃物を持って。泣きながら、叫びたかった。「ふざけんじゃねえ!!!死ね!!!」と。

 

この世はどうしようもなく理不尽で、私が選択しなかったはずの出来事が次々と襲ってくる。

 

親の離婚も、娘を無視する母親も、暴力を振るう兄も、イジメも、惨めな同情も。

 

全てが理不尽で私はひどく辛かった。

 

それでも私は自分1人で生きて、1人で勉強して、1人で部活や学校行事を頑張った。

 

だから今の私があるし私はこうして世間一般的にいう「キチンとした」人生を歩み、堅実に生きていこうとしている。

 

私は1人だ。

 

遺伝子が関係あっても遺伝子だって私だ。父や母のもとを離れ私の身体に入った瞬間にその遺伝子を殺すも生かすも私の生き方次第になる。私が理不尽な不幸に晒されてもここまで健やかに逞しく育ったのは父親でも母親でもさるさんですらなく、他の誰でもなく私のお陰だ。私だ。

 

私は誰かにいじめられても誰もいじめなかった。勉強を頑張った。部活も頑張った。絵を好きになって1人で絵を描き続けた。本を好きになったりアイドルを好きになったりした。

 

他人に影響を受けながらも選んだのは私で私はこうして生きてきた。

 

辛かった人生と許せない両親と兄を抱えながら「おもしろいから大丈夫」と大人ぶらなくていい。「でもお父さんのことは好きだよ」なんて言わなくていい。もっと辛い人のことなんて関係ない。

 

私が頑張って私が生きている。22歳の歳の今日まで自殺など考えずガムシャラに頑張ってきたのは私なのだ。

 

刃物を持って泣きながら彼らを殺しにいこう。お前らが勝手に産んでおいて勝手に不幸にして私が生きた人生をお前らのものにするんじゃねえクソやろうと。

 

よく生きたね。愛してるよ。お前の不幸ごと私は全部お前が誇らしい。

この先アシタカが現れなくても。私はお前を世界で一番愛してるよ。

コンプレックス

 

 


自分の人生が辛いものであったことを認めるのは簡単なことではない。つい最近まで私は自分の人生を“ごく普通”だと思っていた。口では「ヤバいよね」などと宣いながらも心のなかでは普通であることを疑っていなかった。

 


8歳で両親が離婚し、家には母と兄と私になった。

 


10歳で父が再婚し、「別の家の人」になった感覚を覚えた。

 


思春期に突入し、盲目な母からのプレッシャーと理解してくれない周囲から逃げる兄に簡単なことで暴力を受けた。

 


世間を騒がせる兄を病的に愛し、かかりっきりの母は娘には殆ど関心が無かった。中学生の時、初めて学年で4位になった成績表を見せても「本当なの?ふーん」で終わりだった。

 


月一の父の面会も、正直、慰めになるとは言いがたいものだった。父も兄も何が楽しいのか分からず、気まずく、誰のために会っているのかよく分からない面会だった。

 


小学校ではちょっとしたいじめを受けた。学童の帰りのグループで間違った位置に並んだのが気に食わなかったとか、みんなの憧れの男の子と仲良く喋ったとか、髪の毛をとかしていないとか、些細なことだ。

 

 

 

中学生の時には部活で不必要なストレスを受けた。一年生の時の顧問は死ぬほど厳しく何度も鬼のように怒られたし、二年生になって顧問が変われば同学年のチームメイトが練習をサボった。女子の揉め事に巻き込まれたりもした。

 


母方の祖父が小学生から同居していたが、母との仲はよろしくなく家でも権力は無いに等しかった。毎日母の言うことに従うことしか出来なかったであろう。私も思春期でありつっけんどんな態度ばかり取っていた。

 


(二十歳もすぎた今、思えばあの頃祖母を亡くして孤独だった祖父にはとても申し訳なく(小学生中学生だった私がそんなことわかるはずなくとも)もっとじじ孝行したかったなと思う。ごめんね、じいちゃん。)

 


文にしてみると改めて「しんどい人生」だと思う。自分で自分をいじめているわけじゃないから余計に。むしろそれを意に介さず(良くも悪くも)自分の努力一つで自分の人生を歩んできた私を私は誇りに思う。

 


でも私はこの人生を“普通”だと思わざるを得なかった。

 


保育園の卒園式のDVDを見た自分への衝撃は今でも思い出せる。幼少期の、6歳の自分があまりにも屈託なく笑い、騒ぐ、年相応の女の子がとても可愛かったからだ。自分ではずっと「なんであんなものを着たんだ」と後悔をしていた、黒歴史だと思っていたピンクのドレスがとても似合っていたからだ。


私はとても子供だったんだと、そう気づいた。もっと可愛くない、格好つけた子供と思っていた。両親が離婚したのなんてそれからたった2年後のことだった。

 


思い出す。

 


両親が離婚し兄と母によって家では嵐のような日々を送り学校でも碌な目にあっていなかった小学生の頃。周囲や大人を見て考えるようになった。適当に大人っぽいことを言った。その頃から「大人びている」と盛んに言われるようになった。

 


元の性格もある。元からビビりでルールは破らないし、末っ子だから周囲も見る。でもあの頃、特に「大人っぽく」あろうとしたのは事実だ。

 


そうして同年代を馬鹿にして、無駄に老成して、若者でいるタイミングが分からなくなった。自分は大人であると言われたし、大人であろうとした。

 

自分の人生は普通だし、これはしょうがないことなのだと。


自分に関心を持たなかった母や暴力を振るい自分勝手に生きて私を悩ませた兄がいるのはどうしようもないと。


一般家庭に育ち母と父が好きだと屈託なく笑えないのは、どうしようもないと。


幼なじみや知り合いの親に家族構成について憐れまれ、見下されるのはしょうがないと。


父が今、いいパートナーを見つけて、いい家庭を築いているのはしょうがないのだと。


私が今でも母に悩まされ、兄を好きになれないのはしょうがないのだと。


そう思うしかなかったのだろう。9歳や15歳の子供には。そうして納得して大人になるしかなかった。


そうしなきゃ心が壊れていた。

 

私は本当はずっと父を憎みたかったのかもしれない。家に居なくなって、いいパートナーを見つけ、子供を可愛がっている父を。でも憎みたくなくて自分に嘘をついていたのかもしれない。

 

私は大人なのではなく、子供になれない子供だったのだ。


父には父の人生があり、父は自分の人生のために母と離婚した。父は合理的だ。私はその選択を間違ったものだとは思わない。私でも父の立場だったら父の今のパートナーを選ぶし離婚するし母を憎むだろう。


父はよく母の話題になると「ごめん」とも言う。謝ってくれる父であることを嬉しく思う。今でも、気負わず母の愚痴を聞いてくれることを嬉しく思う。そうできない子供も世の中には大勢いるだろう。


父はパートナーに出会ってから変わった。よく話せるようになったし一緒にいて楽しくなった。面会が何よりの楽しみになった。私は父が好きだと胸を張って言える。何より父のパートナーは私が唯一、どこまでも心を開けるような信頼できる大人でもある。出会ってくれたことに感謝こそすれ恨んだことなどない。


だが私が今の父と父のパートナーとの間に生まれた弟を羨ましく思わないと言ったら嘘になるのだ。思っていないと思っていた。でも、嘘になる。気づいた。


もちろん弟には弟なりに親に関して今までもこれからも苦労があるし、人と苦労比べをしていいことなど一つもない。


それでも話を聞いてくれる母を持ち、父が家にいる弟は、私は少なからず、羨ましかった。私は今までもこれからもそれを得られることがない。子供は親を選べないからだ。


もしかしたら一人っ子が嫌いな癖に一人っ子ばかり友達なのは、コンプレックスの現れなのではないかと今になって思う。


羨望だ。


我儘で、乱暴で、適当で、話を聞いてくれる存在があるあの人達が、何処かで少し羨ましいんだと、そう思う。


同年代の会話のレベルの低さやよく分からないノリだって、高い美意識だって、ずっと馬鹿にし続けてきた癖に本当はほんのちょっぴり羨ましかったのかもしれない。

 


性格もあるけど、それにしたって早くに捨てすぎたんじゃないかなと最近思う。

 


30代になって、早くこのコンプレックスから解放されたいものである。

22.8.15

 

 

 

 


皮がついていなくて、水分の多い桃。

 


四角く切られた、スイカ。四角く切られた、パイナップル。

 


春の、気温と天気がいい日の散歩。

 


高校時代の帰り道。

 


夕暮れ。

 


桃色と紫と水色が混ざった空。

 


ベーコンがデカ目のポテトサラダ。

 


甘くて大きいトマト。

 


お風呂上がりに食べるアイス。

 


深夜に見る手が止まらなくなる韓国ドラマ。

 


クラスの子の柔軟剤の匂い。

 


ジム終わりのお風呂。

 


剣道部と行く、コメダ珈琲

 


授業中の落書き。

 


冬の布団の中。

 


正月ごろの、街の空気。

 


初詣から帰ってきた後に食べる、お母さんの作ったお雑煮。

 


お母さんの作る豚汁とおにぎり。

 


ラタトゥユ。

 


木漏れ日。

 


人に努力を褒められること。

 


料理を全て作り終わって冷蔵庫をパンパンにした瞬間。

 


赤ちゃん。

 


揚げ物と食べる素麺。

 


玉ねぎが甘いかき揚げとうどん。

 


剛くんの顔。

 


ウーデゴールくんのアシスト。

 


夏の体育の後の授業。

 


本屋でほしかった本の新刊を買うとき。

 


深夜にエロいBL漫画読むとき。

 

お父さんの揚げ物とひらおの塩辛と白ご飯。

 

お腹が痛くなるまで笑えること。

 

水の音から始まる音楽。

 

 

 

 

 

相談

人を信用して、全てを吐き出すということほど私にとって難しいことはない。

なぜならば、それができる環境下に育ってこなかったからだ。

 


両親は8歳の時に離婚して、父とは月に一回の面会でしか会う機会がなかった。その父は当時はかなり、いやかなり感情の起伏が激しく、いい父だったが父の前では一挙一投足、気を抜けなかった。怒鳴りつけられると怖かった。相談をしようとは、とても思えなかった。

 


母は、苦手だし、理解ができない。私とは違う世界線で、全く違う価値観を持っている。それに気づいたのは実は結構最近なのだが、話をできる人間ではない。例えるなら宇宙人だ。言語が通じない。私が話をして、話したい話はできない。逆に彼女の話に私の返答は決定的に合わない。

 


兄なんて論外だ。4つも歳が上のくせに、私よりもずっと子供だった。今だって怪しいもんだ。

 


家族の中に頼って話をできる存在がいない子供は、話をすることが下手になる。今、身を持ってそれを感じている。

 


私は自分の感情について考えることは多い。それは他の人に話して感情を整理するとか、そういう場がないせいで自分で自分と会話するしかなかったからだ。だから、考えるまではできる、できるが、それで得た気持ちを人に伝えることが苦手だ。伝えようとしても実際の考えをきちんと伝えられている感覚がない。文章にしたときはまだマシだけど、話し言葉となると悲惨だ。スペースとか聞いてると、わかりやすい。感情の表出の仕方がうまくない。する機会がなかったから。

 


自分を知られることに慣れていないから、自分を見せたくない。見せられない。どこまで見せていいものなのか、線引きを引くのが下手。

 


「弱み」なんか知られてしまった日には、どうしたらいいかわからなくなってしまうのだ。

 


大学生活をしていたり、生きていると切に思うようになった。気づき、というやつだ。

 


信頼している大人はいる。たくさんの話をした。だが、私自身が「弱み」を見せるのを極端に嫌うのだ。大人相手にさえ。

 


信頼している大人に、自分の性格を言い当てられたり、叱られたりすると、必要以上に凹むのは、その指摘の内容や自分への不甲斐なさ、そしてそれ以上に圧倒的に、怖い。気持ち悪くなる。

 


なんでこの人は私のことを知ってるんだ、という感覚。ゾワゾワして、どうしよもなく逃げたくなる。

 


他人からの「あなたって〜でしょ?」という指摘は今までの人生で当たっていたことがほとんどない。まあ、自分で自覚している範囲で、なので本当はあっていたりもするのかもしれないが。それほど私は人に自分の柔らかいところを見せるのを極端に怖く思っている。

 


いいところを言われるなら、屁でもない。隠していないからだ。「メンタルが強い」とか。多分強い。

 


この間、自分のよくない癖を言われた。自覚していた。知っていた。だが、そのことについて相談したことはない。とは言っても普段の私の行動から、口癖から、わかることだ。でも、どうしようもなくなった。逃げ場がないように感じ、自分のことを話して、関わるのが怖くなった。知られたくない。連絡を取りたくなくなった。いつもならすぐに電話して話していたこともできなくなってこうしてブログを書いている。

 


人に、知られたくない。自分の弱さを。よくない、癖を。自分の中だけで反省していたい。慣れていない。

 


だがそれが正解だとは思えない。下手くそでも、感情を表出しなくては、うまくなどならない。どうしようもなく逃げたくなっても、それでは一生独りだ。これは精神的に。

 


独りは楽だ。だけど、自分を客観的に100%いつでも見て、生きていることはできるだろうか。自分からの愛や称賛だけでは限界がないだろうか。

 


様々な人と関わって自分の新たな面を知ることはないのだろうか。自分の知っている自分が全てだろうか。

 


違う。だから、憧れてしかたなかった従姉妹から絵を褒めてもらったときのコメントを後生大事にブックマークしているのだろう。中学の厳しかった鬼顧問からの称賛を今でも忘れられずにいるのだろう。

 


人を知り、関わり、自分を知ってもらうことを、恐れないで欲しい。悪いことではない。信頼をしよう。

 

私ならそれができるようになる。大丈夫。私は私をよく知っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

22.6.17〜26

誕生日が近かったからなのか、メンバーで最近一番見てる顔だからなのか。ニノのことをよく考えます。

これまでドラマの現場でゲームしかしてないって言われてたニノがマイファミリーの現場で凄く喋るって言われてたり、ジャにので率先して仕切って嵐では見なかったちょけ方してる。なんだか“年上”になったんだな〜というか。 寂しがりやのニノなりに「嵐で甘えていられない」って事を受け入れた形なのかなというか。
本当は別に凄く人が好きなわけじゃないんだと思うんだよな…でもものすごく寂しがりやで甘えん坊でこれまでは一緒にいると楽しくて面白くてしょうがない大好きな4人がいる“嵐”っていう空間があって、絶対に。そこに帰れるって分かってたからそれ以外の人って多分結構どうでもよくて…ゲーマーキャラとかもあったと思うけど「嫌われようが好かれようがあの4人がいればそれでいい」スタンスが少なからずあったのではないかと思ってる。でもそれじゃやっていけなくなっちゃって。色んな人と話すべき立場にもなったし…
やっぱ私は。「リーダーは休止してさ、一体何する気なんだろうね。俺から嵐を取り上げてさ。」って本当に大好きなゲームを取り上げられて拗ねた子供みたいな顔をしてたニノが。忘れられないんだよな…ニノの気持ちは本当にそうなんだろうな。いつまでも弟でいたくて末っ子気質で。大好きなお兄ちゃんと、唯一かわいい同い年の弟と賑やかにしてられるあの空気がずっとあって欲しかったんだよね。ジャにののニノは「長男」だけど。本当はちょっとあ〜いうポジション苦手だもんね。弟だもんね、20年も。ずっと大好きなお兄ちゃんと弟を弄ってきたニノが今わざと風磨とかに弄られにいってるのあまりにも意地らしくて涙が出るよ。なんかニノの考える「優しい年上」像がありありと浮かぶというかさ…ニノは大好きな人ほど弄るんだもんね…

個人的には大ちゃんが「ずっと対等になりたいずっと憧れの大好きな長男」で翔くんが「頭がいい弄れるおもしろ次男」で相葉くんが「変。めちゃくちゃ変。優しくて変で…大好き」って感じなのかな〜って思ってるよ。う〜んニノの相葉くんへの愛は一言で表せないな〜、、、親友で相棒でお兄ちゃんで、、、実は一番頭が上がらないのが相葉くんなところすっげ〜いいよね、、実はニノが弄ってあげてるんじゃなくて、ニノに“弄らせてあげてる”相葉くんがいるの最高。長男だしね、相葉くん。ニノの最初の親友が相葉くんなのは必然だな、と思う。兄貴肌な相葉くんと生粋の弟気質なニノだもんね。

最近ニノのこととってもかわいいなって思うけど、これまで甘えん坊の弟の姿ばっかり見てきたニノが一生懸命「みんなのお兄ちゃん」をやろうとしているのを感じるからだろうなって思う。潤とニノの対比でいいなって思うのはやっぱ潤は甘え上手なんだよね。人が大好きなことを隠さないし臆さず甘えて可愛がられる。年下相手にも無理してお兄ちゃんぶらないで子供みたいに振る舞える。甘え方を知ってるよね、年上にも年下にも。甘え方を知ってるから甘やかし方を知ってる。

でもニノは、とことん甘え下手で寂しがりやで。人に興味はあるけど踏み出せない。ずっと3人の後ろにキュッと隠れてた、そんな感じ?他の人とは器用だし上手くやるけど、別に心はそこまで開かないよ、みたいな?特に年下にはそうだったんじゃないかな。そんなニノが今、後輩と仲良くしてYouTubeやって気を使ったり褒めたりまとめてて…は〜なんてかわいいのか。家族の末っ子が親戚の赤ちゃんに一生懸命お兄ちゃんしてるみたいな。そんなイメージだな〜。かわいいな〜。ごめんね、いつまでたっても君はかわいいもんでさ…

うん、でも「引っ込み思案の器用な弟」なニノばっかり見てきたから。そのままのニノで、いて欲しかったな、って。そういうワガママも思うけどね。でもしょうがないよね。ニノもそのままがよかったのに、大ちゃんがさ、取り上げちゃったんだもんね…

ずっと、とまではいかないかもだけど。ちょいちょい見てるよ。誕生日おめでとう。

最近忙しくしてるね。体調に気をつけてね。

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